日米の自動車産業の興隆、角逐を描いたハルバースタムの名著『覇者の驕り』(1987年、日本放送出版協会)にも取りあげられている、有名な小咄があります。日米仏3国のビジネスマンが、中東のある国でゲリラにつかまった。ゲリラは3人に言います。「銃殺する前に、ひとつだけ願いをきいてやる。」まずフランス人が言うには、「死ぬ前にラ・マルセイエーズを歌いたい」。次いで日本人が「TQCについてのレクチャーをさせてもらいたい」。最後にアメリカ人は何を願ったか。「たのむ、おれの銃殺は日本人より先にやってくれ。」QCはQualityControlの略で、品質管理。TQCはそれにTotalをつけたもので、総合的品質管理。アメリカ人をうんざりさせるほど、日本人がそれを自負するのはなぜなのか。日本の製品は安いが粗悪品だという定評は、1960年代前半までつづきました。それがいまや日本品の品質は抜群だというのが世界の定評。この大転換を推進したのが、QC、TQC。同一商品を大量生産するようになると品質管理が重大課題になります。すべて同じ品質の製品が生産できるとは限らないからです。なかにおシャカ(不良品)がまじる確率がけっこう高い。おシャカが出る分だけコストは高くなり生産性は落ちます。あそこの品はひどいなどと言われないためには、おシャカをはねて、出荷しないことも必要です。そういう目的のために統計学の手法を用いて品質を管理しようという考え方が、1920年代にアメリカで生まれました。
夏目漱石は『三四郎』のなかで、廣田先生にこう言わせています。「御互は憐れだなあ。こんな顔をして、こんなに弱っていては、いくら日露戦重に勝って、一等國になっても駄目ですね」。三四郎が「然し是からは日本も段々枝展するでしょう」と抗議するように言うと、先生はたったひとこと「亡びるね」と答えます。このくだりを、文芸評論家の小宮豊隆氏は「日露戦争が終わって3年目、戦勝に酔っていい気になっていた日本人に、漱石が発した痛烈な警告」(『漱石全集』岩波書店)と解説しています。世界一の債権国、政府開発援助(ODA)は世界最大、ハイテク大国、金融大国。胸にたくさんの勲章をつけたこの国を指して、「日本の世紀」が到来したとはやす人がいます。その一方で、「日本の絶頂期はすでに終かった」、「日本は恐れるに足らず」とまぜかえす声も聞こえてきます。両極端の意見が出てくるのは、日本に大国と小国が同居しているからかもしれません。
「人的資源」という言葉がある。資源は単にモノにかぎらず、ヒトもまた偉大な資源だという意味だ。これは、世界各国の共通認識といってよい。人的資源も世界経済を動かす大きな要因となっている。グローバル化した現代社会においては、優秀な人材が海外に流出することも珍しくなくなってきているからだ。経済協力開発機構(OECD)によると、移民人口は7500万人にのぼり、これはOECD加盟国の全体人口の9%を占める。国別に見た場合、移民をもっとも多く輩出しているのはメキシコで、イギリス、ドイツ、中国、インドがそれにつづく。なかでも、イギリスは高い専門性をもった人材が数多く海外へ渡っており、国内では「頭脳流出」として問題になっている。2008年3月までに、112万人もの専門職従事者がイギリスから他国へ移住しているというから、事は深刻だ。